とあるお店のチラシに道順が載っており、「(その道順で来ると)ご便利です」と書かれていました。
確かに「”ご”不便をおかけして申し訳ございません」などと言いますから、
「ご不便」というなら「ご便利」もあるだろう、大切なお客さまに対して、丁寧な言葉を使わなければ、という気持ちから出た言葉でしょう。
バスなどでも「●●へはこちらがご便利です」というアナウンスが流れることがあるそうですから、ある程度使われている言葉のようです。
しかし、そもそも「お(ご)」が付けられない言葉は数多くあります。「お大根」とは言うけれど「お人参」とは言いませんよね。「ご便利」もその一つです。
また、「ご不便をおかけして申し訳ございません」と言う場合、「わたくしども(のせいで)」→「大切なあなたさまに」という気持ちの方向性があります。つまり、「ご不便」に付いている「ご」は<向かう先>を立てる「ご」です。
一方「(この道順が)ご便利です」と言うのであれば、「大切なあなたさまにとって」という方向性は保たれているかもしれませんが、出発地点が「わたくしども」ではありません。単に道順が便利だと言っているだけです。
もし、方向性の出発地点を「わたくしども」と解釈するなら「わたくしども“のおかげで”」というニュアンスになってしまいます。
たとえ道を整備することに対して、お店には何の権限がなかったとしても、「(こんな所にお店があるせいで、お客さまに)ご不便をおかけして……」と表現し、逆にお客さまの交通の便を考えた立地であってもそれを誇示しないのが自然な振る舞いでしょう。
似たような言葉で「便宜」がありますが、これも同様です。
立てたい側の行為に対し「ご便宜を図ってくださってありがとうございます」とは言えますが、自分側が立てたい側に対して取った行為を「ご便宜」とは言えません。
(実際の行為の前であれば「ご」は付けず、「なるべく便宜は図らせてもらいます」というような言い方。実際の行為の後であれば「便宜なんてとんでもない。できることをさせてもらっただけです。」というような言い方。)
丁寧な言葉づかいをしなければ、という気持ちから一歩踏み込んで、誰から誰への敬意なのかを考えると、より敬意の伝わる敬語になるでしょう。