今回ご紹介するのは、太宰治の『斜陽』です。
これを読んだのは、敬語に興味を持ち始めた頃だったでしょうか。読み始めてすぐ、私は軽い衝撃を感じました。「お母さま」と主人公が食事をしている場面です。引用します。
----------
さて、けさは、スウプを一さじお吸いになって、あ、と小さい声をお挙げになったので、髪の毛? とおたずねすると、いいえ、とお答えになる。
-----------
「お吸いになって」なんて、生まれて此の方、一度も使ったことが無かった言葉です。違和感を超えて、ついびっくりしてしまいました。
でも考えてみれば、そうです、「吸う」の尊敬語は「お吸いになる」なのです。たったこれだけの文章ですが、「お母さま」の動作はすべて尊敬語(「お挙げになった」「お答えになる」)になっていて、主人公の動作は謙譲語(「おたずねする」)になっています。
”そうか、敬語はルールなんだ。「吸う」だろうがなんだろうが、「お母さま」の行為だから「お~になる」にあてはめればいいのか。”
私はなんだかスッキリしました。
私にとって『斜陽』とは、このくらいスムーズに敬語が使いこなせるようになりたいと思ったお手本であるとともに、「君も堂々と敬語を使いなさい」と背中を押してくれた一冊でした。