『日本語は親しさを伝えられるか』より「~いただくことになっております」③

滝浦真人先生が書かれた『日本語は親しさを伝えられるか』を発端として、「初めにお支払いいただくことになっております」という言い方について批判的に考えています。

 今回は、この言葉の前半「初めにお支払いいただく」について考えていきます。

 

■「初めにお支払いいただく」から敬語を取り除いてみる

「お支払い」は前回で説明したように「支払う」の尊敬語です。「いただく」は「もらう」の謙譲語です。「初めにお支払いいただく」から敬語を取り除くと「初めに支払ってもらう」になります。このように敬語を取り除いただけでも、ずいぶん失礼な言い方だというのが分かるのではないでしょうか。

 

■「もらう」が失礼になるのは

基本的な”もらう”の意味は、他者から何かを”受け取る”ことを指します。例えば、「街で配っていたチラシをもらう」「給料をもらう」などのように、前提として”あげる”他者がいる場合は安心して聞くことができる言葉です。

 

その前提が無い場合、例えば「次にすれ違った人から1万円もらう」という言葉はどうでしょう。もちろん日本語として間違っているわけではありません。ただ、敬意とは程遠いのです。ここで使われている”もらう”は、”受け取る”のではなく、ほぼ、”奪う”の意味です。

 

「すいません、きつねうどん、一つ。」

「初めに支払ってもらうよ。」

 

こんな店があったら、怖いですよね。それは”あげる”という前提が確認できない状態で”もらう”を使っているからです。前回、前々回から取り上げている、何かの代金の前払いを求めるシチュエーションにおける「初めにお支払いいただきます」が失礼な理由も全く同じです。

 

もしも相手から「先払いでも後払いでもどちらでも構わないよ」と言われたうえで、「それでは初めにお支払いいただきます」と答えるのであれば適切な敬意のある話し方ですが、なんの意思表明もされていないときに「初めにお支払いいただきます」と宣言するのは命令よりも失礼です。言葉の表している内容が失礼なのに、敬語をいくら使ってもそれは慇懃無礼にしかなりません。

 

■「あげる」があって「もらう」が成り立つ

相手を尊重し、敬意をもって言葉を使うということであれば、”あげる”という意思を持った他者がいる状況でのみ”もらう”が使えます。”あげる”という他者の意思が確認できない状況で使えるのは、「もらいたい」「もらえないかな」「もし、もらったら」など自分の気持ちや想像の範囲です。

 

※ちょっと気の利いた”もらう”の使い方

ちょうど今は忘年会の季節ですが、飲み会の席で、「空いたお皿、もらいますね!」と下げてくれる新入社員がいたら、「おっ、ことしの新入社員は気が利くな」と思われるのではないでしょうか。この場合は、空いたお皿が邪魔になることはあっても置いておいてほしい人はいないという共通認識があります。これが、”あげる”という前提条件の代わりになっています。空いたお皿をもらって嬉しい人はいないので、「このお皿を”あげる”」ではなく、「邪魔なお皿を下げてほしい」なのですが、「このお皿、邪魔ですよね。下げます」と言うと”あなたのために私が働きます”と言っているようで恩着せがましくなり、「ごめんね、ありがとう」とか「いやいや、いいよ。君はそこで飲んでて」などと言わなくてはならなくなります。それをあたかも恩恵を受けるかのように”もらう”という言葉を選ぶことで、「おっ気が利くね!ありがとう」と申し出を気軽に受け入れることができ、楽しいコミュニケーションに水を差さずに済みます。

 

■では、どのように言えばよいのか

何かの代金の前払いを求めるシチュエーションにおける「初めにお支払いいただきます」は失礼だし、「初めにお支払いいただくことになっております」も失礼だというなら、何と言えば良いのでしょうか。

 

まずは「初めにお支払いください」です。自販機の置いてあるラーメン屋などでは「いらっしゃいませ!先にチケットを購入してください!」などと声をかけられます。このように素直にお願いをするほうが「初めにお支払いいただくことになっております」よりも言葉のうえでも気持ちのうえでもよほどすっきりとします。もっと丁寧さが欲しいなら、「恐れ入りますが、お支払いを先にお願いいたします」、もっと肯定的に伝えたいなら「お支払いが確認できしだい、商品を発送いたします」など、言い方は幾通りもあります。

 

そんなにお客さまと深く接するような業種ではないということであれば、『日本語は親しさを伝えられるか』の109ページに、まさに良い方法が書かれています。

 

   「名詞化」すると、行為者が行為することを直接表さなくてよくなるため、

    押しつけがましさを軽くすることができる

 

この「名詞化」を使えば「当店は先払いです」となります。この言い方なら、利用ルールを説明しているだけで、そのルールを押し付けているわけでも無理に従わせようとしているわけでもないので、先払いが気に入らない人はその店を利用しないという選択もできます。店に入れば必ず目につくところに「先払い方式」「当店は先払いです」などと大きく書いておけばそれで済むことかもしれません。なにも敬語を使うことだけが相手への配慮の示し方ではないということです。

 

■次回の予告

そうは言ってもこのような「初めにお支払いいただくことになっております」式の言い方はあちこちで耳にします。本当にここで説明したように失礼なら、そして他に適切な言い回しがいくらでもあるなら、なぜこのように不適切な言い方が蔓延するのでしょうか。それについて、次回考えていきます。

 

★おまけ「初めにお支払いいただくことになっております」という言葉が適切な状況とは

今回のブログの最後に、「初めにお支払いいただくことになっております」という言葉が適切な状況をお伝えしておきましょう。

 

それは過去の合意を説明するときです。本当は過去の合意だけれども、まるで今初めて説明しますというように現在形を使うことで、相手への配慮を表すことになります。

 

例えば、先払いの店で、「初めにお支払いください」という声を無視して席に着き、勝手に店の食べ物を飲み食いしている人がいるとしましょう。確実にこの人が先払いであることを認識していたとしても、「失礼いたします。お客さま、当店では初めにお支払いいただくことになっております」と声をかけることで、「そうなの?知らなかったよ」と言える余地を残しておくことができます。どのような状況でも、なるべく相手の面子を潰さないように配慮し、それを言葉で表すことが大切です。

 

それでは、また。