『日本語は親しさを伝えられるか』より「ご注文の方、以上でよろしかったでしょうか?」①

あけましておめでとうございます。

本年もよろしくお願いいたします。

 

前回までは、「初めにお支払いいただくことになっております」という言い回しに端を発して、敬語の未来にまで話を広げてしまいました。今回はそこまで話を広げずにまいりたいと思います。

 

今回と次回で考察していくのは、滝浦先生のご著書である『日本語は親しさを伝えられるか』の中で、「ご注文の方、以上でよろしかったでしょうか?」という言い回しについて述べられている部分です。

 

今回は、前半の「~の方」について考えます。

 

■名詞+の方 について 

実はこの「~の方」という言い方は、私が働いていたコールセンター業界では、”不要語”、つまり言っても意味は何も変わらない「えー」や「まあ」と同じ類の言葉であるとされ、なるべく減らすように指導されていました。特に不安が強い新人などは、すべての名詞に付けてしまうからです。例えば「こちらの方から封書の方をお送りさせていただきますので、届き次第、ご記入の方していただきまして、こちらの方にご返送の方よろしくお願いいたします。」という具合いです。やがて「~の方」という言い方が身についてしまうと、慣れてからも癖になってしまって「~の方」を言わずにお客さまと話すことができなくなってしまいます。

 

「ご注文の方、以上でよろしかったでしょうか?」の「~の方」が、1回来店した間にこの1回しか出てこないなら、聞いている側もさほど気にはならないかもしれませんが、「ご注文の方は以上の方で…」とか、「メニューの方はこちらの方にございますので、お決まりになりましたらこちらの方のベルの方でお知らせください」などと連発されると耳障りで肝心の話の内容が頭に入ってきづらくなります。

 

私はこの「~の方」という言葉を、このブログで取り上げることになろうとは思っていませんでした。「~の方」を敬語だと思って使っている人にも会ったことがありませんし、私も敬語とは関係ないものと認識していたからです。

 

■『日本語は親しさを伝えられるか』の中で、「~の方」がどのように説明されているか

しかし滝浦先生は、「この表現を構成する成分には日本語の敬避表現として新奇なものは何もない(p.175)」と擁護して、「~の方」という言い回しについては下記のように述べていらっしゃいます。

 

「の方」は人の呼称なら日本語の基本と言ってもよい”方向”による間接化表現であるー

     ほう       かた

「その方」や「北の方」といった例が思い浮かぶだろう。どちらも日本語のネガティブ・

ポライトネス定番の表現形と言える。(p.175)

 

人の呼称ならば定番かもしれませんが、人の呼称であれば、人の呼称として使うのが正解であって、人の呼称を「注文」に使うのは間違っています。それであれば、人に「様」と付けるのだから、「ご注文様」と言っても良いことになってしまいます。 何冊も敬語やポライトネスについての本を出されている先生の、この説明を読んだときは、”途方に暮れた”というのが正直なところです。誰かに脅されて本意ではないことを書かされたのではないかとまで思ってしまいました。

 

そして、私のような「この言い方に違和感を覚える人」に対しては、「このような言い方が自分の知っている『安心』のリストに載っていないことの違和感を語る」として「どう言われたら心地良いかではなくて、その語や表現や用法が『安心』のリストにあるかどうかだけが問題にされる」と嘆かれるのですが、この言い方のどこに心地よさを感じるのかは、上記の「間接化表現」「定番の表現」以外には読み取れません。新しい言い方を認めるべきだという結論が先にあるようにしか読めないのです。

 

■「~の方」を名詞に付けるのはどんなときか

この「~の方」についても、人称に限らず名詞にも付けなければならないことが時としてあるでしょう。例えば、閉店時間を過ぎたのに盛り上がっていて一向に帰る気配がない客の集団がいたら、店員は「あのー、お客さま、そろそろお会計の方を…」と恐る恐る切り出すかもしれません。これは、間接化表現が必要な状況です。お会計などまだ全く考えていなさそうな客にお会計の話をするのですから。しかし、今回の「ご注文の方」に関しては、この話題を切り出したからといって客が怒り出す可能性は極めて低く、間接化表現が求められる場面ではありません。

 

■「~の方」は客に向けての配慮か 

安心』のリスト」とはこの場合正しい文法のことを指していると思われますが、”正しい”文法とは、話し手と聞き手の双方が”共通の基盤とすべき”文法のことです。それがなかったから、コミュニケーションが成立しなくなってしまいます。ましてビジネスの場においては、なるべく曖昧な言い方を避け、誤解が生じないよう明確に話すのが前提です。正しい文法やそのような前提条件を踏まえたうえであえてそれをずらすとき、そこに意図があります。上記で挙げたお会計の例なら、「まことに申し上げにくいのですが…」というような気持ちが感じ取れるでしょう。しかし「ご注文の方」からは、そのような客への配慮は感じ取れません断言してしまって責任を取らされたくないという、単なる”責任回避のニーズ”です。責任回避のニーズについては、12月28日のブログも併せてご覧ください。

 

滝浦先生は、「安心」のコミュニケーションから、「大きな不確定さを前提として、それでもなお相手の行動意図を『信頼』することによって可能となるコミュニケーション(p.178~179)」を目指していらっしゃるようですが、それと「~の方」とは、残念ながらちょっとつながりづらいと言わざるを得ません。

 

次回は後半、「~でよろしかったでしょうか?」について考えてまいります

 

それでは、また

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