「お任せできる」のがいい?「任せられる」のがいい?

最近、テレビで2つのCMをよく目にします。

 

一つは「お任せできる資産運用」という謳い文句。

もう一つは「任せられるのがいい」という謳い文句。

 

皆さんはどちらの言い方が好きですか?

 

ここは敬語のサイトですので、敬語の使われ方を見てみましょう。

「任せられるのがいい」という言葉の中には一つも敬語が使われていません。

一方「お任せできる」には敬語が使われています。

それでは「お任せできる資産運用」のほうが丁寧でしょうか。

 

二つとも俳優に客の立場を代弁させている点は同じです。

客が特定の企業を「任せられる」と無敬語で評価するとき、当然そこには誰への敬意も表現されていないことになります。

一方「お任せできる」と敬語表現を用いるとき、「任せる」先の企業へ敬意が払われることになります。単純にいえば、企業が上で客が下の人間関係です。

 

資産運用という商品の特質から考えると、一般の客(情報劣位者)は資産運用などといっても難しいことはわからないから、プロ(情報優位者)に任せるほうがいいということなのでしょうが、敬意を払わせる必要まであるでしょうか。この言葉も実際の利用者が自発的に行った発言であればいいのですが、やはり俳優ですから、与えられたセリフを言っていると考えるのが自然でしょう。

 

CMだけでその企業の全てがわかるわけでは勿論ありませんが、それでも自社を知ってもらい商品に興味を持ってもらうためにCMを流しているわけですから、伝えたい企業姿勢が表れているはずです。

 

この二つの敬語の使い方だけから企業姿勢を判断するとしたら、どちらの企業が客の自主性を尊重し、客に敬意を払ってくれそうでしょうか。

 

敬語は敬意の他に、人間関係も表します。

なんとなく相手の敬語を受け入れていると、相手が受け入れさせたい人間関係の枠組みまで受け入れることになります。「なんとなく全部やってくれそうでいいな」と思っても、最終的な結果の責任だけは客に回ってきて、こんなつもりじゃなかった、ということにもなりかねません。

 

逆にいえば、敬語なんてよくわからないからと敬語の部分を聞き流していると、相手が敬意を払っていても払っていなくても気づかないということもあるかもしれません。

 

相手の話をよく聞き、相手がどんな敬意を持っていて、それぞれの状況をどのような人間関係の枠組みとして捉えているのか。個人対個人のコミュニケーションにおいても大切なことですが、客として企業を見るときにも重要なことではないでしょうか。

 

それでは、また。