「お名前いただけますか」は失礼ですか?

先日開催した敬語講座にて表題の質問がありました。

 

言葉を省略するということは、手間を惜しんでいるということです。大切な相手に対する行為であれば、手間暇かけて尽くすのが本来ですから、そのぶん敬意は目減りします」と回答しました。

 

すると、重ねて質問がありました。

何の言葉を省略しているんですか?

 

それを説明するには、まず本動詞補助動詞の説明から始めましょう。

 

【本動詞の例】

①ご飯を食べた

②窓から外を見た

③この本を下さい

 

例文の中の「食べた」「見た」「下さい」が本動詞です。

 

【補助動詞の例】

これを食べてみてください

 

今度は、例文の中の「みて」「ください」が補助動詞です。一語だけを切り取って見れば、本動詞でも補助動詞でも、「見る(みる)」「下さい(ください)」と、言葉のうえでは全く同じ言葉ですね。

 

しかし、本動詞として使われる「見た」は、目を使って視覚として「見る」という本来の意味です。「下さい」も、物の授受が発生する本来の意味です。それに対して、「食べてみる」の「みる」は「ちょっと試す」という程度の意味で本来の「目で見る」という意味は薄れてしまっています。「食べてみてください」の「ください」も同様に、物の授受という本来の意味から派生して「私のためにやってほしい」「恩恵を与えてほしい」というようなニュアンスを付け加える言葉としてここでは使われています。

 

「これを食べて」だけでも、聞き手は食べてくれるかもしれませんが、「なんで食べなきゃいけないんだろう」「なんだろう、失礼なやつだな」などと思われると、食べてくれないかもしれません。そのようなときに補助動詞を使うとコミュニケーションがスムーズになります。

 

一方、本動詞を省くことはできません

ⅰ「これを食べてみてください」

ⅱ「これをみてください」

ⅲ「これをください」

 

ⅱやⅲの文章を読むと、「みて」「ください」を本動詞として読んでしまい、この文章だけからではⅰの意味にはたどり着けないのです。

 

でも、「お名前いただけますか」は意味が通じますよね。

ではやはり、省略されていないのでしょうか。

 

いいえ。よくある質問なので、状況から文脈を想定して発話者の意図を汲み取るのが容易いだけです。例えば、新入社員が、偉い管理職から「君、名前は」と言われたら、即座に名乗るでしょう。「名前は」だけでも意味は通じますが、省略されているのは明らかです。

 

有名な歌舞伎役者などであれば襲名ということもあるでしょうが、通常はりんごを貰うように名前を貰うことはできません。「いただけますか」は補助動詞であり、本来は本動詞に添えられて「教えていただけますか」「お聞かせいただけますか」と使われるべき言葉なのです。

 

それでは「お名前いただけますか」は絶対使ってはいけないのでしょうか。それは、それぞれの店や企業の考え方による、としか言えません。

 

上記でもお伝えしたように「お名前いただけますか」でも十分意図は伝わります。あとは、どの程度の敬意をお客様に示したいかという判断によります

 

言葉遣いの丁寧さよりも”売り”になるものが他にあるなら、「お名前いただけますか」どころではなく、「名前は?」でも繁盛するかもしれません。0.1秒でも早くサービスを提供することが”売り”で、客自身もそれを求めているなら「名前は?」のほうが喜ばれるということだってありえます。

 

つまるところ、敬語は自己表現です。

敬語の基本をおさえたうえで、自分の意図する敬意が表せる敬語を、意識的に選べるようになることが、敬語を使いこなすということです。

 

皆さんも、敬語を自由自在に使いこなしてくださいね。

 

それでは、また。