私はストリートアカデミーで敬語教室を開いています。
しかし、独学で習得したものなので特別な資格があるわけでもありません。
何か資格があれば、信頼して受講してくださる方が増えるかもしれないと思い立ち、そのようなものがないか探してみました。
すると、……ありました。すぐ見つかりました。
そして、そこには敬語試験のサンプル問題がありましたので、やってみました。
今回は、その感想です。
まず、敬語は状況において判断されるものなので、同じ文章でも、文脈によっては正しい場合もあれば間違っている場合もあります。それに対し、設問の状況説明が足らず、判断できない問題がありました。
したがって、敬語が正しいか間違っているかではなく、設問者の意図としてはきっとこうだろうという推測で回答せざるをえませんでした。
次に、どの程度相手を立てるかというレベルについては、言ってみれば話し手の一存で構わないわけですが、それを問う問題がありました。
しかも、そのレベルが設問によって異なります。これはあまり良い問題の作り方とは思えません。
最後に、完全に間違った設問がありました。
リンクやそのサイトの正式名称は控えますが、誰でもアクセスできる公開されたサイトではあるので、1問だけ転載します。
問 敬語の使い方が適切でないものを1つ選びなさい。
【先輩に自分の担任の先生の居場所を尋ねられた場合】
選択肢① 先生は図書室で資料をお探ししています。
選択肢② 先生は図書室で資料をお探しいたしております。
選択肢③ 先生は図書室で資料をお探しになられています。
基本的な敬語が使える方であれば、3つの選択肢は一見してどれも適切でないことがわかると思います。とは言え、それでは説明になりませんので、各選択肢を見てみましょう。
前提として、以下の3点を押さえておきます。
・登場人物は先輩と自分と先生です。したがって、立てるべき順番としては、
先生>先輩>自分となります。
・「資料を探しているのは先生である」という解釈にはぶれがなさそうなので、「探す」という動詞の行動主体、またこの文の主語は先生です。
・「先生は図書室で資料を」まではどれも同じですので、その後を見ていきます。
まず③から行きましょう。
「お探しになられています」は二重敬語なので適切な敬語ではありません。
次に①と②を一緒に見ていきます。
このサンプル問題が提供されていたサイトでは「尊敬語・謙譲語・丁寧語」で敬語が分類されていました。
この3つを使って分類するなら、①「お探ししています」も、②「お探しいたしております」も謙譲語です。
一方、先生を立てるならば求められているのは尊敬語です。
①②は謙譲語、③は二重敬語なので、選択肢の中に正しい尊敬語が含まれた文章はありません。3つの選択肢どれを選んでも適切でないということになり、正解が選べません。なぜこんな問題ができてしまったのでしょうか。
問題のサイトでは謙譲語の説明として、以下のように書かれています。
自分側から相手側又は第三者に対する場合にその向かう先の人物を立てて述べる表現や自分側の行為・ものごとなどを相手に対して丁重に述べる表現
この説明文は、おそらく『敬語の指針(平成19年2月2日 文化審議会答申)』からの抜粋です。しかし、この『敬語の指針』では敬語を3つではなく、「尊敬語・謙譲語I・謙譲語Ⅱ・丁寧語・美化語」の5つに分類しています。そして上記の説明文は、「謙譲語Ⅰと謙譲語Ⅱの両方の性質を併せ持つ敬語(『敬語の指針』p.20)」つまり「お(ご)……いたす」についての説明文です。
この設問を作った人は、「謙譲語Ⅰと謙譲語Ⅱの両方の性質を併せ持つ」ならば、謙譲語Ⅰも謙譲語Ⅱも含まれた謙譲語全体の説明になると思ったのでしょうか。
残念ながらそれではバニラソフトクリームが欲しい人にもチョコレートソフトクリームが欲しい人にもミックスソフトクリームを渡しておけばよいと考えるようなものです。
問題のサイトがどの選択肢を正解(=敬語の使い方として適切でない)としているかというと、①「お探ししています」です。
※ちなみに、実はどれを選んでも正解になるのではないかと何回か試してみたのですが、やはり①一つだけが正解のようです。
逆に言えば、「お探しになられています」と「お探しいたしております」は適切な敬語だと言っているのです。
既に述べたように「お探しになられています」はれっきとした二重敬語です。問題作成者は二重敬語を知らなかったのでしょうか。
そして、「お探しいたしております」を適切な敬語と考えたということからさかのぼって考えると、担当者は、『敬語の指針』の全文を読まず、関係ありそうな場所だけを拾い読みしたのかもしれません。つまり「自分側から相手側又は第三者に対する場合にその向かう先の人物を立てて述べる表現や自分側の行為」という前半の説明を無視して、「お探しいたしております」は「ものごとなどを相手に対して丁重に述べる表現」なのだから、話す相手さえ目上(この場合は先輩)であれば、いつなんどきでも使えると解釈したのではないかということです。
このように解釈すれば、「相手」である先輩に向かって、先生が資料を探しているという「ものごと」を「丁重に述べる表現」であるから適切な使い方であると考えが成り立ちます。
しかし、担当者がサイトに転載したページの1ページ前、『敬語の指針』19ページには「<向かう先>と<相手> とが一致しない場合には,謙譲語Ⅰと謙譲語Ⅱの働きの違いに留意して使う必要が ある。」と明記されているのです。
残念ながら、たった一文の説明の前半も無視した担当者は、1ページ前の説明も読むことはなかったのでしょう。
さて、ここでもう一度「お(ご)……いたす」についての説明である「自分側から相手側又は第三者に対する場合にその向かう先の人物を立てて述べる表現や自分側の行為・ものごとなどを相手に対して丁重に述べる表現」に従って、②「先生は図書室で資料をお探しいたしております」を見直してみましょう。
最初から順番に見ていきます。
まず、<自分側から>なので、この文章の主語である先生を<自分側>としておいていることになります。(もちろん本来は自分よりも先輩よりも目上の先生を<自分側>においてはいけません)
次に、<向かう先>は<相手側又は第三者>を言い換えて説明しているだけですので、同じ人物が該当します。が、設問の設定では、誰のために資料を探しているのか、その<向かう先>が読み取れません。もし、設定に登場しない校長先生のために探していたというのであれば、あまりにも問題として不親切です。
最後に先輩に尋ねられて先輩に答えるので<相手>は先輩です。
さらに、先輩に向かって「(先生が)おります」と謙譲語で述べるとは、先輩に向かって先生を下げているとしか解釈できません。
残念ながら、私はこのサイトのテストを受けても合格しそうにはありません。
担当者の方が気づいて修正してくださるまで受検は待ったほうがよさそうです。
などと色々書き連ねてきましたが、実は単なる誤字やチェック漏れだったということもよくある話です。今回のケースも、おそらくはうっかりミスなのでしょう。
それでは、また。
追記:『敬語の指針』は敬語の基本的な知識がない人にとっては読みづらいかもしれません。もしかすると、敬語の指針の解説が必要なのかもしれませんね。