『結ぼれ』人間関係に絡めとられている人にも敬語を学んでほしい!

今回ご紹介する本は敬語ではありませんが、イギリスの精神分析医R.D.レインの名著『結ぼれ』です。

 

前回コミュ障について触れ、雑談が苦手でも敬語がわかれば働くうえで必要なコミュニケーションはさほど難しくない、という話をしました。(もちろん”難しくない”の程度は人によりますが)

 

『結ぼれ』では、人と人の相互関係が合わせ鏡のように無限に影響し合う様を描いています。これを読むと、なんと家庭とは恋人とは難しい関係だろうと思ってしまいます。

 

■合わせ鏡のような人間関係

例えば1人の男が、「自分はダメな人間だ」と思っているとしましょう。

その妻は「私の夫が自分をダメな人間だと思っているなんて、私は不幸だわ。だって私の幸せは夫の幸せを見ることだから。」と思うかもしれません。

すると夫は「妻の幸せは自分の幸せを見ることなのに、幸せでいられないなんて、自分はダメな人間のうえに人を不幸に陥れるひどい人間だ」と思わなければいけなくなります。

それを見た妻は「私の夫が自分はダメな人間のうえにひどい人間だと思っているなんて、……」と延々繰り返されることになるのです。

しかも繰り返されるごとに結ぼれはよりこんがらかっていきます

 

■本人を無視する属性付与

レインの別の著書『自己と他者』では、人がいかにたやすく他者を無視して自分に都合のいい属性を付与するかを表す、親子の会話が載っています。(p.191)

  彼女はいう<お前はお母さんが好きでないの?>彼はいう<うん。>

  彼女はいう<だけどお母さんはお前がお母さんを好きなんだってことがわかっているわ>

 

 ■職場での人間関係はもっとシンプル

このようなコミュニケーションは余程でない限り、職場ではありえません。

会社が従業員に期待しているのは決まった時間にやってきて、指示どおりに決められた仕事をこなしてくれることであり、心を支配することでもお互いを縛り合う事でもありません。

遅刻をすれば注意され、期待を上回る成果を出せば褒められるというシンプルな人間関係です。

ただ、合わせ鏡のような人間関係ばかりにさらされてきた人は、人間関係は全て合わせ鏡のようなものだと覚えてしまっています。勝手に無限ループを繰り返すことのないように気を付けることは必要でしょうね。

 

例えば遅刻を注意されただけなのに「自分は遅刻をした。自分は遅刻をしたダメな人間だ。自分が遅刻をしたダメな人間なために、上司に注意をする手間を取らせてしまった邪魔な人間だ。自分が遅刻をしたダメな人間なために上司に注意をする手間を取らせてしまった邪魔な人間なために、周囲にも嫌な思いをさせてしまった不快な人間だ。自分が……(延々と繰り返す)」などと考える必要はありません。

 

会社のコミュニケーションは、

(上司)「遅刻をするな。」

(部下)「申し訳ありませんでした。分かりました、今後遅刻しないようにします。」

と言えばいいだけであり、考えるべきは

(さて、どうやって遅刻しないようにしたらいいんだろう。目覚ましを一つ多くかけようか、それとも寝る時間を1時間早めようか)

と対策を考えれば、それで十分です。

 

■求められる属性は選べる

そして、職場ではその職場に見合った属性を求められますが、これも本人を無視して付与されるわけではありません。職場で求められる属性は業務内容に付随するので、その職場での勤務を検討する際にある程度想定できるからです。

 

人と会うのが苦手でコツコツと一人で作業しているほうがいいという人が営業になっても辛いでしょうし、決まったことを何時間もコツコツとやり続けるよりもいろんな人に会って仲良くなるほうが楽しいという人が精密部品を作っても辛いでしょう。

 

もちろん、いくら想定してもそれは想定でしかなく、入ってみたら違ったということもあるでしょうが、職場のいいところは何度でもやり直せる(転職できる)ということでもあります。「ここでダメだったからどこでもダメ」にはならないということです。

 

また、週40時間をその属性で過ごすのはイヤでも、週3時間ぐらいだったらイイかも、と勤務時間を選ぶことだってできます。

 

働くということは無理やりさせられるものではなく、自分でできそうなことと、必要とされることとのバランスで成立するのです。

 

■求められる基本の属性は「勤勉で素直」

多くの職場で共通して求められることは「勤勉で素直であってください」ということです。

 

勤勉とは、時間を守り、指示された内容を指示されたとおりに行い、サボったり手を抜いたりしないということです。

素直とは指示や指導に従うことです。自分の考えとは違うことであってもいったんは会社の指示や指導を受け入れてみる姿勢のことです。

 

通常、上司や先輩には敬意を払うよう求められますが、それは会社の指示どおりに動いてもらうためには、誰がいま会社としての指示を出せる人なのか分かっていなければならず、それを分かっていてその職場の枠組みを尊重しますよという同意がないと仕事がスムーズに進まないからです。その同意の表明が敬語の役割です。あなたが実際に業務内容やその人たちを好きか嫌いか、尊敬しているかどうかに制約をかけるものではありません。

 

■働くということはそれまで何の関係もなかった人たちの役に立てるということ

「いま、社会にはこんな役割が求められていて、あなたのできる範囲で力を貸してもらえませんか」という呼びかけが求人情報です。

 

私は敬語を教えることを通して、結ぼれにとらわれている人たちにもエールを送りたいと思っています。

 

もしかしたら、自分は結ぼれにとらわれているのではないかと思ったら、ぜひご一読ください。

 それでは、また。

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