サボリ敬語「お名前さま」

■おコートさま

「レストランに行ったら”おコートさま”をお預かりします」と言われて驚いたという話を聞き、もしやと思って国語辞典を見てみました。

 

そうしたら、ありました。

(どの辞典とは書きませんが)「相手のものであることをあらわす」と説明されていて、例として「お名前さま」が載っていました。この言葉について、ばかていねいな言い方であると注釈はついていましたが、ばかがつくほど丁寧ならば、うちのような高級レストランにはぴったりだと思う人がいてもおかしくはありません。そして「相手のものであることをあらわす」なら「おコートさま」でもよいことになります。

 

そこで、「おコートさま」のもとになったであろう「お名前さま」についてきちんと説明しておいたほうがよいかもしれないと思い、今回取り上げました。

 

■お名前さま

「お名前さま」が最もよく使われるのは、以下の例文でしょう。

「恐れ入りますが、お名前さまを頂戴できますか

上記の例文に対し、本来の文章として想定されるのは以下でしょう。

「恐れ入りますが、お客さまのお名前を伺ってもよろしいでしょうか

 

このように2つを並べたとき、「お名前さま」のほうが丁寧だと感じるひとは少ないのではないでしょうか。 また、辞書に書いてあるように「お名前さま」が「相手のものであることをあらわす」のであれば「お客さまのお名前さま」と言えるはずですが、このような言い方は聞いたことがありません。

 

「お名前さま」はサボリ敬語

なぜ「お客さまのお名前さま」がおかしいのか。それは、「お名前さま」が「お客さまのお名前」の略語として使われているからです。

手間暇をかけ、言葉を省略せずに使うのは敬意の一つのあらわし方ですから、名前を訊くというシチュエーションで最も大切な「お客さまのお名前」を省略するということは、サボリ敬語そのものであり、決してばかていねいとは言えません。

 

いついかなるときも文法的に正しい敬語を使うべきであるとは言えませんから、「お名前さま」のほうがふさわしいシチュエーションもあるでしょう。

大切なことは、正しい敬語を理解したうえで、適切な言葉を主体的に選ぶことです。

 

■守破離

武道や茶道の世界には「守破離」という言葉があるそうです。

まずは型や技を忠実に守るところから修業が始まり、自分なりのスタイルを作り上げるまでを指す言葉です。

敬語についても、まず文法にのっとった正しい使い方を身につけてほしいものです。

 

国語辞典は「正しい日本語を決めるもの」でしょうか

この問いかけは『ことばハンター』(飯間浩明著 ポプラ社)161ページからの引用です。そして次のページには、「国語辞典の役割は、正しい日本語を決めることではありません。では、本当の役割は、いったいどんなことでしょうか。それはーーー人と人とがことばをやりとりするための、手助けをすることです」と書かれています。

 

つまり、冒頭に引用した国語辞典の説明は、「お名前さま頂戴できますか」と言われ、どういう意味だろうと思ったときに辞書を引けば分かるということを目指した結果なのです。

 

辞書をちょっと悪者のように書いてしまいましたが、辞書は辞書の役割を果たしているということを補足して終わりにしたいと思います。

 

では、また。

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