今回、次回と、「てございます」は正しいか、と題してお伝えしてまいります。
実は、「用意してございます」という言葉について以前書いたのですが、もう少し「てございます」について深堀し、各論を比較検討しながらじっくりと考えていきたいと思います。よろしくお付き合いください。
■国語に関する世論調査
「絵画展は8階で開催してございます」
このような言い方が気になる人はどれぐらいいるでしょうか。
平成 25 年度に文化庁 が行った「国語に関する世論調査」によれば、半数を大きく上回る66.3%の人が「気になる」と回答しています。
そんなに多くの人が気になるなら、間違っているのかというと、天下のNHKは「決して間違ってはいない」と言っています。
果たして、「てございます」は正しい言葉遣いなのでしょうか。
平成19年に文化審議会が答申した『敬語の指針』には記載がありませんので、まずは、両論を並べてみましょう。
■文化庁~本来の言い方と異なる
平成 25 年度「国語に関する世論調査」の結果の概要(p.16)からの引用
(https://www.bunka.go.jp/tokei_hakusho_shuppan/tokeichosa/kokugo_yoronchosa/pdf/h25_chosa_kekka.pdf)
絵画展は8階で開催してございます
という例文に対し、
「絵画展は8階で開催しております」などが本来の言い方。
と説明しています。
「本来の」という言葉を選んでいるのは、世論調査が目的であり、これによって「てございます」の是非を文化庁が決めたり、その使用を制限するものではないということなのでしょう。
それでは、決して間違っていないとするNHKの論を見てみましょう。
■NHK~決して間違っていない
NHK放送文化研究所からの引用
(https://www.nhk.or.jp/bunken/summary/kotoba/term/145.html)
「準備してございます」というのは、おかしな言い方なのでしょうか。
という質問に対し、
これは言い方としては決して間違ってはいないのですが、(中略)
使い方に気をつけないと、ことばだけが妙に取り澄ましていて
冷たい印象すら与えることもあります。
と回答しています。また、
存在を表す使い方のほかに、「お暑うございます」「お久しぶりでございます」のように、
形容詞・名詞の後ろにつく補助的な用法もあります。
と補足したうえで他の使用例として、以下の例をあげています。
・「あちらの方に煖炉(だんろ)が焚いてございます。」(森鴎外「鼠坂」1912年)
・「お塩で味がつけてございます。」(島崎藤村「夜明け前」1936年)
・「卵は半熟が用意してございます。」(坂口安吾「本因坊・呉清源十番碁観戦記」1948年)
主旨としては「間違った言い方ではないが、状況に合わないと過剰敬語と受け止められてしまう」ということでしょう。ただ、一般読者が分かるようにという配慮からか、説明が完全ではないように見受けられます。
まず、出発点となる質問「準備してございます」の主語やその発せられた状況が分からないこと。
もし、「お席が準備してございます」であれば著名な作家の使用例と同じく物が主語ですが、「お席を準備してございます」だと人が主語になります。物について述べるときに使われる敬語と、人の行為に対して使われる敬語は異なりますので、ここをあえて載せなかったのは、意図があるのではないかとも感じられます。
もっと具体的に説明します。
物が主語であれ、人が主語であれ、無敬語であれば「(席が/席を)準備してある」と同じ表現です。しかし、敬語を使って「してございます」以外の言い方をするならば、物が主語の場合は「お席が準備されております」となり、人が主語の場合は「お席を準備しております/お席を準備いたしました」と、異なる表現になります。
つまり、「動詞+てある」を敬語にすると実は2種類に分かれ、「準備する」を例に見たように、敬語にしたときに「動詞+されております」の場合(物が主語の場合)は「動詞+てございます」が使えるが、「動詞+しております」の場合(人が主語の場合)は「動詞+てございます」は使えないという可能性も出てくるのではないでしょうか。
もう一点、この説明で気になるのは、「準備する」という動詞に「ございます」がつながるかどうかという問題であるにもかかわらず「形容詞・名詞の後ろにつく補助的な用法」があると説明していて、これでは「準備する」という動詞の後ろについてよいとするエビデンスになっていないということです。そこを弱いと思って著名な小説家の書いた例文を挙げているのかと思われますが、小説家はあくまで小説家であり、文法的に正しい言葉を使うとも限りません。
※太宰治の『斜陽』なども、敬語の使い方が間違っていると、志賀直哉が指摘しています。
それでは、国語学者は何と言っているのでしょうか。
■萩野貞樹~要するに不適
雑誌『プレジデント』特集「実践!書く力」(p.60)
『管理職もつまづく「敬語」の新常識テスト』からの引用
会議の資料をお配りしてございます
という言い方を間違いだとして、
「ございます」は、「だ」「である」の意味の丁寧語として、
また「存在する」の意味の丁寧語、としてのみ使いましょう。
と説明しています。どのように使うのが正しいかということについては、上記のように明記されています。しかし、国語学者や文法学者を対象にした雑誌ではないためか、文法的にどのように間違っているかという説明は、
要するに不適
と切って捨てられています。
萩野先生の説明からすると、人が主語だろうが物が主語だろうかダメなものはダメと言われそうですが、誤例として挙がっているのは人を主語にした例であり、物を主語にした例がないことに若干のモヤモヤ感が残ります。
※物を主語にした例はあるのですが、全て無敬語にした場合に「ある」ではなく「いる」になる例ばかりなのです。
では、いっその事、ビジネスパーソン向けのサイトであれば、何と言っているのでしょうか。
■ビジネスパーソンとしてマスターしたい「ございます」の正しい使い方
~「ある」を「ございます」に置き換えるだけ
NAVERまとめからの引用
(https://matome.naver.jp/odai/2140475106927403101)
正しい使い方は「ある」を「ございます」に置き換えるだけだとして、以下の二つをあげています。
〇 「パンフレットはあちらに置いてございます」
〇 「裏面に注意事項が書いてございます」
難しい説明はありませんが、それでも正しい使い方として挙げられている例文の主語が両方とも人ではないのは、偶然といえるのでしょうか。
また、「いる」など、「ある」でないものは「ございます」にできないとして、以下の例をあげています。ビジネスパーソン向けのものとしては、このように「ある」を「ございます」に置き換えるのが正解で、「ある」でなければ置き換えてはいけないと説いているものが一般的のようです。
× 「手厚い補償内容になってございます」
× 「書類はこちらに入ってございます」
× 「すでに品物は到着してございます」
× 「あちらのお席が空いてございます」
最後に、「ござる」との関係から「ございます」を捉えている論を見ておきましょう。
■困ったでござる~自分に敬語を使う愚
元新聞記者、前和歌山市長 大橋健一ホームページより引用
(http://www.ken-ohashi.jp/contents/2b/yodandokudan/13yodan/20130603.html)
「ございます」の説明として、
名詞や形容詞の後につく丁寧語で、動詞の後につく進行形を意味する「いる」の丁寧語では
ない
と述べた上で、
動詞の後について「考えてございます」とか「聞いてございます」「このようになって
ございます」「そこには書いてございませんが」といった言い方は本来間違いである。
と断言している。また、
「ございます」の原型である「ござる」には、「ある」の丁寧語以外に、
「いる」の尊敬語という使い方がある
として、最後に
自分がしていることを「してございます」というのは、自分に対して尊敬語を使うという
大きな誤りである
と補足しています。ここで、大橋氏は「他人がしたことならいざ知らず」と書かれてはいますが、現在「ございます」に他者の行為を尊敬する意味を感じ取る人は少ないでしょうから、「社長が考えてございます」というような言い方もしないほうがよかろうとは思います。あくまでも、「ございます」の成り立ちから見て歴史的に尊敬の意味があった、という説明と理解することをお勧めします。
これで「てございます」に関する代表的な意見は網羅できたのではないかと考えます。次週、これまで見てきた内容をまとめてまいりたいと思います。
それでは、また。
この続きへのリンクを追記しました。(2021年3月11日)