今年に入り、コロナウィルスが猛威をふるっています。手洗いやうがいをまめに行い、不要不急の外出を控えるよう、気を付けている人も多いのではないでしょうか。
今回は、予定を変更して、とある店舗に貼ってあったポスターをテーマにしたいと思います。予定していた『「てございます」は正しいか②』は次週に持ち越しということで、皆さまどうか楽しみにしていてください。
さて、そのポスターには下記の文言が書かれていました。
せき込む方や体温が高い方は、周りの方へのご配慮をしていただくよう
お願い申し上げます。
■利用していい?悪い?
「配慮」を辞書で引くと「心をくばること。他人や他の事のために気をつかうこと。」(大辞林)とあります。そこで、上記の文章を言い換えると、下記になります。
せき込む方や体温が高い方は、周りの方のために気をつかっていただくよう
お願い申し上げます。
特に、「当店を利用しないでください」「入店しないでください」ということは書かれていません。これだと、気をつかって周りに配慮すれば店を利用していいように読めます。
■遠慮
一方、配慮に似た言葉として遠慮という言葉があります。
「遠慮」を辞書(同上)で引くと、「遠い先々のことまで見通して、よく考えること。深慮。」を原義として、「他人に対して、控え目に振る舞うこと」「辞退すること」、さらには、「相手に対して退去や行為の中止を求める場合にも用いる」として、「しばらく-してほしい」「おタバコは御-ください」という例が挙げられています。
上記の文章を、「遠慮」に変えると下記になります。
せき込む方や体温が高い方は、周りの方のためにご遠慮いただくよう
お願い申し上げます。
これなら、どうでしょう。利用を控えてほしいという意思は明確に伝わります。しかし、「今回はご遠慮します」などと本来は自分が行為を控えるときに使う言い方を相手に対して用いるのは、敬意という点ではいかがなものでしょうか。
確かにどこかで見たことのあるような文言ですが、このような文言を客の立場で読んだとき、客なのに拒絶されているようで、なんだかモヤっとするのも事実ではないでしょうか。
■敬語を使われる側の責任
今回お伝えしたいのは、敬語を使われる側の受け止め方の問題です。
敬語は婉曲表現です。
自分の都合のいいように言葉を捉え、「ダメだとははっきり言っていないから、いいのだ」と解釈し、そのように行動するなら、敬語を使うほうは婉曲表現を諦めざるをえなくなります。「ご配慮ください」と言っても気にも留めない客がいれば「ご遠慮ください」となり、「ご遠慮ください」でも意図を汲んでくれない客がいれば、店は「入店禁止」などと、どんどん強い言葉を選ぶしかなくなっていきます。
このポスターを書いた人は、お客さまに向かって「当店を利用しないでください」「入店しないでください」などとは言いたくなくて「ご配慮」という言葉を選んだはずです。
敬語は相互尊重のもとで成立します。
お客さまであれば一方的に尊重される権利が所与のものとしてあり、客側には店を尊重する必要が一切ないかというと、もちろん、そんなわけはありません。それぞれの役割が異なるだけなのですから、客は客として店を尊重することが求められます。
お客さまを大切に思い、お客さまの自主性を信頼しているこの店のようなポスターが、減りゆくことのないよう、願います。
それでは、また。