皆さんは懸賞に応募することがありますか。
シールを点数分集めてはがきに貼って〇〇プレゼント係に送る、アレです。
私は外れるとショックなのであまりやらないのですが、切手代が50円だった頃の官製はがきを引き出しの奥に見つけ、その使い道として応募することにしました。
そこで、足りない切手を買いに郵便局へ行きました。
■郵便局での出来事
番号札を引くと15人待ち。仕事が終わってから急いで行った郵便局は窓口が閉まる少し前で、私と同様に仕事が終わってからやってきた人たちでかなり混雑していました。
ようやく順番が来て、たった13円のために申し訳ないと思いつつも、古いはがきを差し出し「足りない分の切手をお願いします」と伝えました。そのはがきを見て応募と気づいたその職員は「当たりますように」とはがきに向かって手を合わせ、なんと願をかけてくれました。
■敬語だけが敬意ではない
その職員は、私に特別な敬語を使ってくれたわけではありませんが、私はそのとき少し驚き、そして嬉しくなりました。
私のはがきに勝手に願をかける行為が、相手を目上として扱っているかどうかと言えば、そうとは言えないかもしれません。敬語は距離を取ることで相手に敬意を表しますが、この職員の行為はそれとも逆です。
それでも、私はこの行為に敬意を感じました。
それは、敬語を使う目的とも共通する、相手を尊重する姿勢を感じたのです。
■相手を尊重するとは
相手を尊重するとは、相手に優しい関心を寄せ、相手を理解しようと努め、肯定的に受け入れることです。
敬語は単なる文法や決まり事ではありません。敬意を表す上で、敬語を使うことが自分の気持ちに相応しいと思えてこそ適切なツールになりますが、敬意を表すツールには表情や行動や言葉があり、その言葉のうちのほんの一部が敬語です。
■敬意はマニュアルにできない
応募はがきに手を合わせることが敬意なら、それを郵便局のマニュアルにしてはどうでしょう。しかし残念ながら、マニュアルに従って手を合わせる職員を見て、敬意を感じる客はいないでしょう。
敬意も、それに基づく配慮も、主体性のある自己表現として行われるものです。もちろん仕事として行われている以上、企業の窓口としての責任の範囲でなければなりません。それを前提として、一人一人が職業人としての主体性をもっていれば、その場その時の状況に応じて、配慮は無限にあるはずです。私が出会った職員のように手を合わせる人もいれば、笑顔で「当たるといいですね」と言う人がいてもいいでしょう。15人も待ったのですから「大変お待たせしました」と済まなそうに詫びる人がいてもいいでしょう。「(古いはがきを)大切に使ってくれてありがとうございます」と伝える人がいてもいいでしょう。大切なことは、その言葉が、その状況を理解し、感じたうえで、本当に伝えたいこととしてその人から出てきた言葉であるということなのです。
それでは、また。
※使用した写真は、郵便ポストと紫の紫陽花のフリー素材です https://www.pakutaso.com/20160548147post-7971.html