「お口、イーしてくださいね~」#気になる敬語

外出自粛により、しばらく運動も控えていたので体力も落ちたところへ毎日の長雨。なんだか体調が悪いと感じているのは私だけでしょうか。

 

実は先日、歯が痛くなり、歯医者へ行きました。治療も終わり、歯のクリーニングをしてもらったのですが、そのとき、「お糸、通しますね~」などと言われました。

 

■歯医者さんに行くと、なんだか子ども扱いされた感じがしませんか

なんだか子ども扱いされているようで、居心地が悪くて仕方ありません。そんな経験をされた人も多いのではないでしょうか。

 

中には、「あの話し方が好き」という人もいるかもしれません。そういう人たちを想定してあえて言っているのかもしれません。

 

ですから、一概に否定することはできません。

 

が、他のビジネスシーンにおいて目上への態度として通常は考えづらい話し方だと思います。

 

でも、はっきりと説明できずモヤモヤしている人もいるかもしれませんね。今回は、なぜ子ども扱いされたように感じるのかを説明したいと思います。

 

■歯のクリーニング

先日、歯のクリーニングをしてもらったときに歯科衛生士から言われた言葉です。

 

a)「椅子、倒しますね~」

b)「口、イ~してくださいね~」

c)「糸、通しますね~」

などなど。

 

他にもいろいろあった気はしますが、どれもこんな感じの言葉遣いだったと思います。

 

■使われている敬語

要するに使っている敬語(らしきもの?)は以下の3つです。

①「ます」

②「ください」

③名詞の前に付く「お」

 

①は話の聞き手を立てる言葉ですから、患者である私を立てています。

②は「くれる」という動作を行う本人を立てる言葉ですから、患者である私を立てています。

また、①の「ます」と、②の「ください」は最も難易度が低く、誰にでも使いやすい敬語です。その代わり、さほど敬意の度合いは高くありません。

 

では、③の「お」は誰を立てているのでしょう。

 

③は文脈や使われ方によって誰を立てるかが変わる言葉です。

 

「お口」であればまだ、患者である私の口のことなので、私を立てているという解釈に不自然さはありませんが、「お椅子」は私の物とは言いづらいところがあります。「お糸」にいたるや、患者である私に使うから私の「お糸」だと言うなら、他の器具にも「お」を付けなければならなくなるでしょう。例えば「探針」という虫歯を調べる道具があるそうですが、「お探針当てますね~」ということになってしまいます。

 

つまり、「お口」はまだいいとして、「お椅子」は患者を立てているとしても過剰敬語のきらいがあり、「お糸」に至ってはもはやどう解釈しても患者を立てているとは考えづらいということです。このように誰も立てていない「お」を美化語といいます。この美化語は、「お寿司」「ごはん」のような誰もが使うもの以外はビジネスでは使わないのが基本です。

 

ちょっと、ここで試しにa,b,cから敬語を取って「お」だけを残してみましょう。

 

■①②を抜いてみる

a')「椅子、倒すね~」

b')「口、イ~してね~」

c')「糸、通すね~」

ここまでおかしな言葉遣いをする歯医者はいませんよね。

でも、もしかしたら、患者がある特定の人たちなら、こんな言い方をするかもしれません。

 

それは……

子どもです。

 

美化語を過剰に使うと、幼児言葉になるのです。

 

■似たような構文の言葉は…

 今度は、上記の例文と似たような構文の言葉を思い浮かべてみたいと思います。

 

構文は下記の2つです。

a)c)「お+名詞」+「、」+「●●ますね~」。

b)「お+名詞」+「、」+「●●してくださいね~」。

 

例えば…

a)c)元気にお返事しましょうね~。

b)お口、アーンしてくださいね~。

こんな言い方をするとしたら、やはり保母さんではないでしょうか。

 

子ども扱いされていると感じるのは、まさしく子どもに向かって話すときと同じ話し方をしているからなのです。

 

では、どのように言えばよいのでしょうか。

 

■敬語のバランス

言葉にはバランスが求められます。

 

例えば、お客さまに出す手紙にいくら敬語が使われていても、誤字脱字だらけだったり添付ファイルが間違っていては敬意があるとはみなされません。

 

逆に、親しい友達と酒を飲むときにはお客さまと話すときよりも敬語が減るのが普通です。

 

言葉のどこかに敬語を一つ使えばその分の敬意が伝わるというものではなく、その時々の関係性に合った、全体が調和した敬語を使うことが大切なのです。取りあえず付けられそうなところに「お」を付けておこうというような考え方ではいけません。

 

それでは、敬語以外の点まで含めて、歯医者で使われている言葉遣いを検証しましょう。(患者と一なれなれしくなりすぎないように一定の距離を保ち、患者を目上として立てるために敬語を使うという前提です。もっと違う関係性を患者との間に求めるならば、使う言葉遣いもそれに応じて変わります)

 

①言葉を省略しない

a,b,cと3つの例をあげましたが、どれも格助詞「を」が省かれています。言葉を省略する(=手間を省く)ということは敬意と反する行為です。

 

「イ~する」も言葉の省略です。しかも、幼児言葉です。例えば上司のハンコを貰いたいときに「ポンする」などを言うでしょうか。

 

②終助詞は必要なときしか使わない

終助詞とは、「ね」「よ」「か」など、文末についてニュアンスを表す言葉です。

 

特に「ね」「よ」については、なれなれしくなりがちな言葉なので、ビジネスでは必要がなければ省くのが基本です。

 

③語尾を伸ばさない

記者会見で「あの~、今回は~申し訳ございませんでした~。」と語尾伸びして話す社長をはあまり見ません。

アットホームな会社で、社内でのコミュニケーションに語尾伸びが普通だということであれば構いませんが、社外やお客さまとの会話などのビジネスの場での言葉遣いを考えたときには基本的にはNGです。

 

特に終助詞を伸ばすとなれなれしさが倍増します。終助詞を使うなら、なおさら語尾を伸ばさないことは意識してほしいところです。

 

④敬語を使うべきところに使う

通常「お椅子」「お糸」とは言いません。これを美化語としてではなく、そこまでして患者を立てたいという意図があったとしたならば、他の敬語にできるところを敬語にしないのはおかしなことです。

 

他の敬語にできるところ、とは、動詞のことです。

 

「倒します」ではなく「お倒しします」「お倒しいたします」「お倒し申し上げます」など。

「通します」ではなく「お通しします」「お通しいたします」「お通し申し上げます」など。

 

自分の表現したい敬意の度合いに応じて言い方を変えられるバリエーションが敬義には用意されています。それなのにそれらを使わず、「お椅子」「お糸」では不自然です。

 

④誰を立てているのかわからない「お」は付けない

既に、ここでの「お」は誰も立てていない美化語であると説明しました。

このように、文脈によって誰を立てるのかが変わる「お」は不用意につけると紛らわしくなります。

 

これまでに説明したことを反映させた例を見てみましょう。

 

■上記を踏まえた言い方の例

a’’)「椅子を倒します」

b’’)「お口を横に大きく開けてください」

c’’)「歯と歯の間に糸を通してきれいにしていきます」

※もう少し親しみやすさを表現したい場合は、語尾に「ね」を付けますが、その場合も語尾は伸ばさないようにします

 

理屈をこねくり回した挙句に出てきた言葉としては、あまりにも普通で驚きましたか。

 

必要な言葉を省かず、不要な言葉を付けない。それだけで言葉は美しく実用的になります。

 

それでは、また。 

※使用したイラストはいらすとやさんのフリー素材です。https://www.irasutoya.com/2013/09/blog-post_4913.html