正しい敬語には機能美がある

先日、用事があり出掛けたときのことです。駅に「傘をおたたみ下さい」と書かれたポスターが貼ってありました。

 

それを見た同行者が、これは敬語としておかしくないのかと私に訊きました。

 

恐らく「おたたみください」というフレーズを初めて目にしたのでしょう。それで言えば、私も初めてかもしれません。

 

でもそれは、今までの人生の中で、人に向かって何かをたたむように依頼することがなかっただけで、言葉が間違っているかどうかとは関係ありません。

 

■「おたたみください」は正しい

結論から言えば、「おたたみください」は正しい日本語です。

そして、このポスターに書いてある全ての敬語が正しく使われています。

 

正しく使われていることを題材にブログを書くというのもいかがなものかという気はしますが、昨今の現状からすれば、正しい敬語を見る機会が減っているのは疑うべくもありません。

 

そこで、今回は、このポスターで使われている敬語を確認していきたいと思います。

 

まず、全文を転載します。

 

■ポスターに書いてある文章

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傘をおたたみ下さい

 

ホームで傘をご使用になると、

電車の風に巻き込まれたり、他の

お客さまとぶつかるなど、おけが

につながる危険がございます

 日傘等を含め、ホーム上での

傘のご使用お控えください

 ご協力お願いいたします

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■このポスターで使われている敬語

転載した文章の太字で書いてある部分が敬語です。

最初から順番に見ていきましょう。

 

①おたたみ 

たたむのは傘を持っている利用客です。その利用客の行為を名詞化して「お」を付けることにより、利用客を立てています。

※行為の主体を立てているので、「主体尊敬」といいます。

 

②ください

「ください」から敬語を取り除くと「くれる」です。

「くれる」のは乗客です。

これも利用客の行為を敬語にして、利用客を立てています。「主体尊敬」です。

 

③ご使用になる

傘を使用するのも利用客です。利用客の行為を名詞化したうえで「お」を付けることにより、利用客を立てています。「主体尊敬」です。

 

④お客さま

説明は不要かと思います。客であるというそれだけで立てるに値する人であることを表しています。利用客を立てています。

 

⑤おけが

これも、利用客がけがをするおそれについて述べている箇所なので、利用客を立てています「主体尊敬」です。

逆にいうと、「お」が付いていることにより、このけがに駅員は含まれないことが明示されています。

「わたくしどものけがなどは語る価値もない」つまり「お客さまのけがをこそ心配している」という意味になります。

 

⑥ございます

このポスターを読んでいる利用客を立てています。文章なので読み手ですが、音声で伝える場合は聞き手となります。この、読み手と聞き手をひっくるめて「聞き手尊敬」といいます。

 

⑦ご使用

③と同じく、利用客を立てる「主体尊敬」です。

 

⑧お控え

控えるのは利用客です。その利用客の行為を名詞化して「お」を付けることにより、利用客を立てています。「主体尊敬」です。

 

⑨ください

②と同様、利用客を立てる「主体尊敬」です。

 

⑩ご協力

協力するのは利用客です。その利用客の行為を名詞化して「ご」を付けることにより、利用客を立てています。「主体尊敬」です。

 

⑪お願いいたします

この言葉は2種類の敬語が融合しています。

 

ⅰ)「お願いする」

願っているのは駅です。誰に向かって願っているかといえば、利用客です。

行為の主体ではなく、その行為を受ける人を立てるという意味で「受け手尊敬」といいます。したがって立てようとしているのは、利用客です。

 

ⅱ)「いたします」

「いたす」で控えめな態度を表し、「ます」で言い方を丁寧にしています。聞き手(=読み手)である利用客も立てようとしている「聞き手尊敬」です。

 

「受け手尊敬」と「聞き手尊敬」の二つの働きによって、駅が、自分たちの願いを受け入れてもらいたいと思っている対象である利用客と、この文章を読んでいる利用客、同じ対象ではありますが、その両面から立てようとしています。

 

■正しい敬語には機能美がある

 

こんな短い文章に敬語が11個も使われていますが、正しい敬語を使えば文章が煩わしくなることはありません。

 

美しく、しかも意図が明確に伝わる文章に仕上がっています。

 

ぜひ皆さん、ホーム上で傘をさすのは控えましょう。

 

それでは、また。

 

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