不適切な「お持ち帰りいただけます」を文法から解説します#気になる敬語

「お持ち帰りいただきます」

この言葉だけを見て、これがあなたに向かって発せられたものだとしたら、いったいどんな状況で、いったい何を持ち帰ることになると思われますか。

 

自分で出したゴミとか、もしくは謝罪に行ったが許してもらえずお詫びに持ってきた品も受け取ってもらえなかったとか、そういう状況が思い浮かびませんか。


今回は、近所の公共施設に置かれていた、イベントのチラシに見つけた気になる敬語の話です。

 

このチラシを書いた人は、もしかしたら「いただきます」を、単に言葉を丁寧に言う意味しかないと思ったのかもしれません。

 しかし「いただく」は丁寧語ではありません。

 

■「いただく」とは

「いただく」とは「もらう」の謙譲語(受け手尊敬)です。

 

また、動詞に連なって「もらう」が使われる場合、「物を受け取る」という本来の意味ではなく、「許可される」「恩恵を受ける」というニュアンスを補う言葉に変化します。

 

さらに「もらう」ではなく「いただく」と敬語を使うことによって、「許可した人」「恩恵を与えた人」を立てる意味も加わります。

 

■このチラシから読み取れる登場人物

敬語は人間関係を表す言葉ですから、まずこのチラシに現れる登場人物を確認しましょう。

 

①主催者

 この企画を立案し、ゲストを呼び、会場を取り、チラシを作成した人がいます。
 1人ではないかもしれませんが、複数人いても立場は一つなので「主催者」とまとめます。

 

②講師

 主催者に呼ばれたゲストです。実際の経緯は分かりませんが、通常は講師が主催者に対して、このような企画を私のために立案し実行してくれと頼んだとは考えません。主催者がお願いをして、講師として来てもらったと考えられます。

 

③参加者

 このチラシの読者です。チラシを読んだだけで参加しない人も多いでしょうが、参加を促すことが目的のチラシなので、「参加者」とまとめます。

 

■1.の文章が表す敬意

登場人物3者の関係性を、まずは1の文章から読み解きましょう。

 

「講師よりチーズ作りについてのあれこれをお話しいただきます。」

 

この文章を骨組みだけにすると下記です。

 

「講師より、お話しいただきます。」

 

ここには、3者のうち、講師しか文章上には表れていませんが、残り2者はどこにいるのでしょう。

 

講師が話すのですから、残りの人は聴くのです。

 

話す人:講師

聴く人:主催者&参加者

 

次に敬語が使われているので、上下関係を確認しましょう。

 

お話し」とは、話す人本人を立てる敬語の使い方です。
つまり、この文を書いた人(=主催者)よりも、話す人(=講師)のほうが上であることを表現しています。

 

いただく」とは恩恵をくれた人を立てる敬語の使い方です。
つまり、恩恵を受ける人(講師の話を聴く人=主催者&参加者)よりも、直前の動詞(=話す)の行為者(=講師)のほうが上であることを表現しています。

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話す人(講師)

 ↑

聴く人(主催者&参加者)

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 講師を立てることで、素晴らしい話が聴けるという期待を高めようという意図のもとで書いた文章なら構いませんが、参加者を立てていないことに気付いていないなら問題です。

 

■2.の文章が表す敬意

同様に2の文章から登場人物3者の関係性を読み解きましょう。

 

「作ったチーズはお持ち帰りいただきます。」

 

敬語は、それ自体が人間関係を表すので、主語などの登場人物を省けます。

 

それではこの文章から読み取れる関係性はどのようになるでしょうか。

 

持ち帰るのは参加者ですから、参加者が持ち帰ってくれることで恩恵を受ける人が主催者になります。

※講師にその意思が明確にあるかどうか文章からは確定できません。もしかしたら作った後のチーズをどうするかを講師は知らないかもしれませんし、知っていても講師が決めたわけではないかもしれません。したがって、続く説明からは講師を省きます。

 

お持ち帰り」 とは、持ち帰るその人を立てる敬語の使い方です。
つまり、この文章を書いた人(=主催者)よりも、持ち帰る人(=参加者)のほうが上であることを表現しています。

 

いただく」とは恩恵をくれた人を立てる敬語の使い方です。

つまり、恩恵を受ける人(=主催者)よりも、直前の動詞(持ち帰る)の行為者(=参加者)のほうが上であることを表現しています。

 ーーーーーーーーーーーーー

持ち帰る人(参加者)

 ↑

持ち帰ってもらう人(主催者)

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■2.の文章の問題点

上記説明を読んで、主催者よりも参加者のほうが上なのだから問題ないと思われますか?

 

残念ながら、そう簡単ではありません。

 

①恩恵の中身は相手を立てていると言えるか

「参加者が持ち帰ってくれて助かった。ああ、よかった。参加者さまさまだぁ!」と思われていたら、どうですか。感謝され、様×2回で立てられてはいますが、言われているほうはあまりいい気分ではないでしょう。

 

もちろん、分かりやすく大げさに書いてはいますが、参加者がチーズを持ち帰ることで、主催者が恩恵を受けるなら、こう思っていることになります。

 

これでは、せっかく参加者が作ったチーズが、できれば持ち帰りたくないもののようです。

 

②相手の行動を、相手の意志を無視して決めつける。しかも自分のこととして表現する。

 相手からの許可を前提とする「いただく」を許可を取らずに使うならば、命令よりも強い意味を持ちます。
例えば「来月で辞めていただきます」と会社から言われるとき、会社は相手の許可を求めていません。それどころか、相手の気持ちや考えがどのようなものであろうと関係ないという宣言です。

 

つまり、この場合も同様に、相手の気持ちや考えがどのようなものであろうと関係ないという宣言になりますので、作ったチーズは否が応でも持ち帰らせるという意味になります。

■失礼な文章に敬語を使うと、より失礼になる 

 

試しに2.の文章から敬語を取り除き、骨組みだけにしてみましょう。

 

「(私はあなたに)持ち帰ってもらう。」

 

間違った日本語ではありませんが、面と向かって相手にこんな言葉を口にするのは、かなり怖い人です。

 

おまけに、「いただく(もらう)」も取り除いてみましょうか。

 

「(あなたは)持ち帰る。」

 

こちらも間違った日本語ではありませんが、実際にこんな言葉を口にするのは、催眠術師ぐらいしか思い浮かびません。

 

敬意を言葉で表すのが敬語ですから、敬意のない文章に敬語を使うと、より失礼さを強調してしまいます。(元の文が失礼でも敬語にすれば敬意がこもる、などということはありません。)

 

そのためには、当然のことながら敬語の持つ意味を知り、意味にそった使い方をしてください。「とりあえず敬語を盛り込んだから大丈夫だろう」と当てずっぽうで敬語を選んではいけません。

 

■適切な言い方の例

「いただく」は非常に誤用が多い敬語です。

 

周りを見回して、手近に見つけた敬語をまねるのはやめましょう。ほぼ間違っています。

 

ちなみに、2.の文章を適切に言い換えるとすると、例えば以下のようになります。

 

「作ったチーズは、お持ち帰りになれます」

 

 では、また。