不適切な「お時間がかかっております」を文法から解説します#気になる敬語

「ただいま、お時間がかかっております。 

お待ちになることをご了承の上、お並びください」

 

こんな風に言われたら、あなたはどう感じますか。

 

この言葉を聞いたのは、駅の地下街、人通りの多い場所に立つスイーツショップです。数人の客がテイクアウトのために待っているのを見て、店員が商品を作りながら言っていました。

 

■文法的な解釈

この言葉に含まれる敬語を、文法の面から確認していきましょう。

 

①おります

聴き手を立てる言葉づかいなので正しい使い方。

 

②お待ちになる

”待つ”という行為をするのは客。

その客を立てる言葉づかいなので正しい使い方。

 

③ご了承

了承するのは客。

その客を立てる言葉遣いなので、正しい使い方。

 

④お並びください

並んでくれるのは客。

その客を立てる言葉遣いなので、正しい使い方。

 

ここまで、全て正しい敬語です。

しかし、一つだけ実は飛ばしました。

それが、最初の「お時間」です。

 

⑤お時間

かかっているのは、商品を作っている店側の時間。

その”時間”に「お」を付けるということは店側を立てているので間違い。

 

■”お”についての説明

名詞に付く「お」には三つの使い方があります。

今回のケースでご説明します。

 

1⃣ 客の”時間”に付ければ客を立てる

 

2⃣ 店側のものであっても、それが客へ向かうものである場合、客を立てる

 ※例えば客に渡す品物について「お品物のご用意ができました」と言うなど

 

3⃣ どちらの時間でもなければ、美化語

 

今回は店側の時間であり、客から見れば店の都合でしかありませんから、「お時間」は2⃣の使い方には該当しません。

 

■美化語についての補足

美化語とは「上品に言い表そうとするときの言い方」などと説明されることがありますが、必ずしも「上品」とは限りません。

 

「こちらのダイヤは、さぞ、高いんでしょうね」であれば上品さをアピールしたい場合の使い方です。

 

しかし、美化語の「お」には他にも使い方があります。

にぎり」といえば、「にぎり」を上品に言ったものではありません。「通常の”にぎり”ではなく、あの”にぎり”のことですよ」と、「あの」「例の」「” ”(ダブルクォーテーション)」として使うこともあります。

 

さらに幼児語としての使い方もあります。

歯医者での「お椅子」「お糸」など、以前のブログでもお伝えしましたので、よろしければそちらもご参照ください。

 

■たったそれだけのミスがなぜ問題なのか

「お」を一つ過剰に付けただけで、そこまで言われるようなことだろうかと思われるかもしれませんね。

 

では、その「お」を取った文章をご覧ください。

 

「ただいま、時間がかかっております。

 

お待ちになることをご了承の上、お並びください」

 

どうでしょう。一気に偉そうに感じませんか。

ここで言っている「時間」が店側の都合でかかっているだけであることが、言葉の上から明確になってしまうからです。

 

つまり、たった一文字の「お」が表していることは前提として、店側の時間がかかっているのにそのことを認めていないということです。

別の言い方をすると、「お」を付けることで、あたかも2⃣のように錯覚させ、「今、お客さまの貴重な時間の話をしていますよ」と言われているような気になるのです。(もしかすると、言っている本人も2⃣のように錯覚し、お客さまのために言っているんだからと申し訳なさを感じずに言えるのかもしれません。)

 

では、もし3⃣のつもりで使っていたとしたら、どうでしょう。

「私の、とかあなたの、とかじゃなくって、誰の時間っていうわけじゃないんだけどね😄
まぁ、大変、こんなに時間かかっちゃってるよね~😱」
と責任の所在をあいまいにし、仲良くしましょうね、というアピールでごまかしていることになります。

(子どもっぽい=大人としての責任あるコミュニケーションを避ける言い回し)

 

もう一つ付け加えておくと、ください」「並ぶ」にかかっているように見えるかもしれませんが、既に並んでいる人たちに向かって言っているということは、実は「了承」にかかっているのです。

 

■あらためて、この言葉は何を言っているか

ここまでを踏まえて、この言葉が表現しているものをデフォルメして分かりやすく解釈します。

 

言葉⇒「ただいま、お時間がかかっております。

   お待ちになることをご了承の上、お並びください」

 

意味⇒「今、こっちは忙しいんだ。

    並ぶってことは黙って待つってことだよな。

    欲しいんだったら文句言うなよ!」

 

実際には、文法の問題だけではなく、視線、表情、姿勢など、様々な要素で敬意は伝わります。文法以外の要素から敬意が伝われば、このような意味にはならないかもしれません。

 

しかし、敬意が感じられない場合に敬語を使うと嫌みになり、敬意どころかかえって失礼さを強調する言い回しになります。

 

■参考例

では、どのように言えばいいのでしょうか。

日本語に正解はありませんし、言い方もいろいろ考えられますが、参考までに一つ挙げておきます。

 

「恐れ入ります。もう少々お待ちください。」

 

もし、数人ではなく何十人も並んでいる状況であれば、目安の待ち時間を情報として提供すれば、より親切でしょう。

 

■敬意の難しさと大切さ

このお店は、もしかしたら並んでいる客からクレームを受けたことがあるのかもしれません。そして、それがトラウマになるほどひどいものだったのかもしれませんね。

 

けれど、人間関係を断ち切るつもりでなければ敬意を持ち続けるしかありません

そして敬意には、健康な自尊心が必要です。

傷が癒え、健康な自尊心が取り戻せたときには、言葉づかいも変わっているかもしれません。

 

それではまた。