二人称として使われる関西弁の「自分」

 

■「自分」は「ワレ」の丁寧語でしょうか?

関西弁で、相手のことを「ワレ」と言いますが、この方は、「何さらしんねん、ワレ」というように品が悪く聞こえてしまうので「自分」を使うようになったのではないかというのです。

 

私も方言の専門家ではないので正誤は分かりませんが、「ワレ」と「自分」のどちらが丁寧かと言われれば、「自分」でしょう。

 

相手のことを「自分」という人は、自分のことを「僕」「俺」「私」などと言いますが、「ワレ」という人は自分のことを「ワシ」「ワッシ」などと言いますので、「ワレ」を丁寧にいうと「自分」になるというよりも方言と考えたほうがいいのではないかと思います。

もしかすると、その筋の人が好んで使う傾向もあるのかもしれませんが、通常の関西弁では迫力が足りないと考えた映画業界が、荒い方言を選んで映画で使ったことでそのような印象がついてしまっただけ、という可能性もあるかもしれません。

 

「ワレ」「自分」のどちらも、聞き手を指すときの標準語としては「あなた」です。ただし実際の話し言葉としては、「●●さん」や「失礼ですが」などを使うことが多いでしょう。

 

■「自分」と「お前」の違い

また、別の方から、「お前」と呼ばれるよりも「自分」と呼ばれるほうが嫌な気分になると聞きました。

 

これは、もしかすると関東人と関西人が出会うところではよくあることなのではないでしょうか。

 

では敬語の考え方に照らして、どちらがより失礼でしょうか。

その方が感じているとおり、「自分」です。
■敬語は距離を取る

敬語では、距離が遠ければ遠いほど、敬度(=敬意の度合い)が高くなります。

自分と相手との関係を言葉の上で表したときに、「自分」は文字どおり自分と重なっています。これでは距離ゼロです。

一方、「お前」は自分の前に相手がいるわけです。少なくとも距離はゼロではありません。その分、敬意があるわけです。(「あなた(貴方)」ならもっと距離は遠くなり、敬度も高くなります)

 

では逆にいえば、関西人は失礼な言葉に鈍感ということになるのでしょうか。

もちろんそんなことは考えられません。

きっと関西人が「お前」と言われたら、”冷たい”、”よそよそしい”と感じるのではないでしょうか。

要するに、基本の距離感が違うのです。

「雨が降ってきたから、洗濯物を取り込んであげた」
と言って勝手に人の家に入る

まだ、買い物に出掛けるときにカギを掛ける習慣がなかった昔の話です。
そんな昔であっても、このようなことは、関東では考えられませんが、関西なら「ありそう!」と思うのではないでしょうか。

これを、”温かい”、”親切”、”好っきゃ”と思うか、”図々しい”、”失礼”、”嫌い”と思うかの違いでしょう。

■適切な言葉は、適切な距離が違えば変わる

いつも最上級の敬語を使えばよいかと言えば、全くそんなことはありません。

同様に、「自分」と「お前」のどちらを使うべきかは、文化背景によります。

 

郷に入っては郷に従えと言います。
どちらが間違い、どちらが正しい、という話ではなく、違う文化に入っていくなら、周囲の文化を尊重するのがいいのではないでしょうか。
また周囲も、受容できる範囲であれば、違いを受け入れてはいかがでしょうか。

 

それではまた。