「来週のお届けになります」は正しい敬語ですか?

先日、敬語講座の受講生に、立てたい人の行為は「になる」の公式に行為を当てはめて「お待ちになる」「お伝えになる」などと言うのですよ、と説明したところ、表題の質問を受けました。

 

ネットショッピングの注文確認メールに記載されていたそうです。

でも、店側の行為なのに「になる」を使っているのは、今の説明と矛盾しませんか、と言うのです。

 

■立てたい人の行為は自然現象と見る

立てたい人、例えばお客さまの行為を指して「お待ちになる」と表現するのは、行為ではなく、自然現象として見るという意味があります。

 

「お待ちになる」と敬語で言うときの「待ち」は名詞です。

「雨が晴れになる」「春が夏になる」というように、動詞を名詞化して、人間には操作しようがないもの、受け入れるしかないものとして扱いますよ、という宣言です。

 

「来週のお届けになります」にも、行為ではないと強調する意図が感じられます。

つまり、その心を読むなら……。

 

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今、注文を受けたら、いくつかの社内手続きを経て発送し、配達日数などを計算すると、”自然と”来週”になる

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その気持ちは分からなくもありませんが、これでは、

 

「私は注文を受け付けているだけなので、それ以外は責任持てません。そもそも私が届けるわけではありませんし。ただ、それではお客さまも困るでしょうから会社から案内するように言われていることをメールに書きました。」

 

と言われているようなものです。

 

まさしく、「あなたには操作しようがないもの、受け入れるしかないものとしてこのメールを読んでください」という意味になります。

これは、端的に言えば、お客さまよりも会社が偉いという意味です。

 

■会社として責任のある言動を

 

そのメールを書いたのが誰であれ、客には関係ありません。その担当者個人が、「私は責任持てないから」という気持ちで書いていたとしても、送られてきたメールは会社の責任で送られたものです。そのメールに、当社に責任はないということを前面に押し出すような表現が書かれていては企業姿勢を疑われます。

 

もし、宅配業者の責任までは企業として負わないということを明確にしたいなら、「●日の到着日指定で◎日に発送いたします。」と案内し、宅配伝票に記載されている問い合わせ番号を併記してはいかがでしょうか。

 

それでは、また。