近所のコンビニエンスストアで買い物をしていると、開催中のキャンペーンについて、店内アナウンスが流れていました。
特にキャンペーンに関心はありませんでしたが、私の耳に飛び込んできた一言が、今回のフレーズ「お買い上げされたお客さま」です。
拡大していく「お~された」の誤用
ああ、とうとう、ここまで来たか。
この言葉を聞いたとき、そう思いました。
「お~された」という言葉を尊敬語と勘違いして使う誤用は、今までも何度か取り上げてきました。
本来であれば、「遊技をなさる」「ご精算になった」「購入された」などと言わなければならない言葉です。
ほかにも、「ご飲食される」「ご利用される」「ご予約される」など、同様の間違いは非常に多く、敬語の間違いTop3に入るこの言葉遣いですが、それでも今まで紹介してきた間違いは、すべて漢語でした。
ところが、今回の敬語は和語です。
漢語と和語
ここで、漢語と和語について、少しだけ説明しておきましょう。
動詞として使われる漢語には、漢字2文字で表記される言葉が多く、音読みで発話されます。
同じく動詞として使われる和語は、大和言葉ともいい、漢字1文字と送り仮名で表記される言葉が多く、訓読みで発話されます。
例1)
漢語 → 送付する
和語 → 送る
例2)
漢語 → 持参する
和語 → 持ってくる(持っていく)
例3)
漢語 → 購入する
和語 → 買う(買い上げる)
漢語と和語の違いについては、お分かりいただけたでしょうか。
「お飲みされる」は今のところ多くの人が間違いと気づいてくれる
今まで、「ご飲食される」という敬語の間違いはあっても、「お飲みされる」「お食べされる」という敬語の間違いはほぼありませんでした。
私が講座などで、
「私は喉が渇きました。私に『何か飲みますか?』と聞いてください」
と言うと、多くの人は
「先生、何かお飲みになりますか?」
と聞いてくれます。
続けて、
「では、私が必要書類を送付したかどうかを、私に聞いてください」
と言うと、敬語を間違って理解している人は、
「先生、必要書類をご送付されましたか?」
と言います。
そこで、
「先ほどは『お飲みになりますか』とおっしゃったのに、今度は『ご送付されましたか』とおっしゃいましたね。では、『お飲みされますか』も正しい敬語でしょうか?」
と質問すると、違う、と答えます。
「それでは『ご送付されましたか』は正しい敬語でしょうか?」
と質問すると、間違っていることに気付いてくれます。
……いえ、気づいてくれました。これまでは。
「お飲みされる」は正しい敬語になるのか
今まで、漢語にのみ見られていた敬語の間違いが和語にまで広がってきたとすると、やがては「お飲みされる」「お持ちされる」なども使われるようになるでしょう。
お客さまへ使う最上級の言葉が「お買い上げされた」ならば、同様に「お持ちされた」も最上級の言葉といえるでしょう。すると、最上級までは必要ない一つ上の先輩には「お持ちする」が使われるようになるかもしれません。
例)対お客様 「少し重いですが、ご自身でお持ちされますか?」
対先輩 「少し重いですけど、先輩、自分でお持ちしますか?」
こうなってしまったら、尊敬語と謙譲語は完全に区別がなくなり、敬語が上下関係を表すという機能は失われます。
さて、10年後、日本に敬語は残っているでしょうか。
今回の「お買い上げされたお客さま」を正しく言うと、
「お買い上げのお客さま」もしくは「お買い上げになったお客さま」です。
……今のところ。
それでは、また。