「お下げしてもよろしいですか?」は介護の現場において適切なのか?

先日知った話です。

 

介護の現場では敬語を使うよう指導されていて、食べきれない人に「食べないなら下げますよ」と言うのは不適切であり、「お下げしてもよろしいですか?」と尋ねるのが適切な表現なのだそうです。

 

全ての現場で全く同じ指導がされているわけではないでしょうから、ある一人の上司がこう言っているだけかもしれません。

ただ、もし常にこういうようにと指導されているなら、少し引っかかるものを感じました。

タメ口のスタッフ

私は敬語講師なので、敬語を使ってほしいとは思いますが、どこでもいつでも誰に対してでも使うべきだとは思いません。

私は以前、特別養護老人ホームでボランティアをした経験があります。スタッフの中には「座っていてくださいね」などの敬語を使っている人もいましたが、「嬉しいんだよね~」などとタメ口で入居者の頭をなでている人もいました。それは入居者からしてみたら孫ほどの若いスタッフでしたが、頭をなでられているほうは満面の笑みで、私には入居者がその若いスタッフを失礼だと感じているようには到底思えませんでした。

※入居者の家族がそれを見たときにどう思うかはまた別の問題があります。
自分の親が、若いスタッフに頭を撫でられているところを見て快く思わないのは普通の心情だと思います。家族の前では、その人の親御さんとして扱う配慮が必要でしょう。

姓を呼ぶか、名を呼ぶか

入居者を「山田さん」「鈴木さん」と敬称をつけて姓で呼ぶべきとしている施設もあるようです。
一方でホームは家なのだから、下の名前で呼ぶべきであると考えている人もいました。

私は、入居者がそれを選べるべきだと思います。

あの人は姓で呼ぶ、この人は名で呼ぶなどの取り決めは難しいかもしれません。
それならば、施設を選ぶ際に、コミュニケーションの取り方についての基本方針は提示できたほうがいいだろうと思います。

理想を言えば、スタッフ一人一人と、入居者との関係性によって、呼び方が変わるのが自然ではないでしょうか。
みんなに名で呼ばれていたとしても、今日から新しく入ってきた新人スタッフにまで名で呼ばれるのはいかがなものでしょう。

また、どれだけ入居年数が長くスタッフと仲良くなったとしても、姓で呼ばれたいという人もいるはずです。

それが、スタッフの都合ではなく、入居者の希望をスタッフが感じ取って変えていくのが理想だと思うのです。

食べないなら下げますよ

話を戻します。
食べきれない人に「食べないなら下げますよ」というのが不適切であるのは、介護かどうかに関わらず当たり前の話です。レストランでこのような言い方をすることなど考えられません。

ただこの言い方には、敬語が正しく使われています。
ここからも、敬意を伝えるために敬語があるのであって、敬語を使いさえすれば敬意が伝わるなどということはないということがお分かりいただけると思います。

お下げしてもよろしいですか

この言い方が適切だとされているようですが、果たしてそうでしょうか。

もちろん、ふさわしい状況もあるでしょう。

まず、敬語を使うということは、それだけ言葉遣いが複雑になりますから、それを理解する思考力が保てていること。

そして、スタッフとの心理的な距離が必要であること。

最後に、多少は残していたにしても、下げてよいほどに栄養は摂取できたこと。

ふさわしくないのは、上記3つを満たしていないときです。

① 敬語を使うことで、意味が捉えづらくなる

敬語とは、つまるところ婉曲表現です。遠回しに言うということは分かりづらくなるということです。
敬語を使うことで、言っていることを理解してもらえなくなるなら、敬語を使わないほうがよいでしょう。

② 敬語は心理的距離を保つ

心理的な距離が近いと、失礼と思われることも増えますし、わがままを言われることも多くなります。
したがって、サービス業であれば、心理的な距離を確保しようとすることが多いでしょう。
しかし介護の場合、それがデイサービスのように家に帰る利用者であればそれでもよいかもしれませんが、帰ることができない入居者の場合、周りにいる人がみんなよそよそしかったら、その人は24時間をどのような気持ちで過ごすことになるでしょうか。

③ 主体性の尊重

「~してもよろしいでしょうか」という言い方は、依頼形と呼ばれ、相手の主体性を尊重する言い方とされています。
もちろん、介護の現場でも、入居者の主体性を尊重したほうがよいに決まっています。

ただ、特に食事について、食べなければいけない量を食べようとしない、もしくは逆にさっき食べたばかりなのにまた食べようとするという症状は典型的なものです。

それを、主体性に任せてよいのかという点も気になります。
もっと食べてもらえるように工夫が必要な場合も、このように指導されてしまったら、スタッフは安易に下げてしまいそうです。

間違いはあるが正解はない

このように、どのような場合でもやってはいけないことはありますが、絶対的な正解はないのが敬語です。

状況に合わせて、自身が最善と思うものを選んでください。試行錯誤は必要ですが、そこに敬意があれば、きっとうまくいきます。

それでは、また。


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