以前海外旅行に行ったとき、トイレが見つからず、ホテルのトイレに戻れる範囲でしか出歩けなかったことがありました。日本に帰ると、大きな商業施設にはほぼトイレがあり、駅にもトイレがあり、公園にもトイレがあり、これは大変に便利なことなのだと再認識しました。
そのように便利な日本のトイレですが、いたずらされているのをご覧になった方もいらっしゃるかと思います。そこには当然トイレを掃除する方もいらっしゃるわけで、通常の業務範囲を逸脱しているようなことがあるやもしれません。
そんなトイレで見つけた気になる敬語がこちらです。
持ちは分かります。精一杯配慮しようとしている気持ちも伝わります。ただし、残念な敬語が一つ混じっていました。
それが、「ご利用できない」です。
「ご利用できない」という敬語はあります。ただ、それは利用する人本人ではなく、行為の受け手を立てる敬語です。
ここで、注意してほしいことは、”この1文における、「利用する」という動詞の行為を行う人は誰か”ということです。
今回紹介した掲示には、「利用」という言葉が2ケ所に出てきますので、それぞれ見ていきましょう。
①一部のお客さまによるトイレの「ご利用」
※行為主体(=「利用」という動詞の行為者本人)は、トイレを乱雑に使う一部のお客さま
②次のお客さまが気持ちよく「ご利用できない」
※行為主体(=「利用」という動詞の行為者本人)は、汚されたトイレを使う次のお客さま
この①②の文章には、それぞれ敬語が使われています。
①の「ご利用」は文脈によって立てる相手が変わる敬語ですが、ここでは行為主体である「トイレを乱雑に使う一部のお客さま」を立てています。
一方、②の「ご利用できない」は行為主体を立てない敬語ですから、「汚されたトイレを使う次のお客さま」は立てませんという宣言をしているようなものです。
では誰を立てるかといえば、「行為の受け手」です。
この「受け手」とは誰でしょう。
ここでは「(誰かに)利用させてもらう」という恩恵を感じており、その「誰か」を立てている敬語であると解釈されます。つまり、この「誰か」が「受け手」です。
ではこの掲示に書かれている文章から、②の「ご利用できない」という敬語の受け手を探すとすれば、それは誰でしょうか。掲示を書いた人間が、「自分が受け手である。自分を立てなさい」と言っているとは思えませんから、残る人間は、トイレを乱雑に使うお客さまです。
つまり、こういうことです。
「トイレを乱雑に使うお客さま」 >「次に使うお客さま」
※ 不等号「 > 」は、どちらが目上かを表す記号としてご覧ください
文章で表すなら、下記のようになります。
もちろん、トイレのご利用が乱雑なお客さまのほうが大切ですよ!
それは次に使用されるお客さまも当然分かっていらっしゃることです。
本当にこれは、この告知を書いた人が表したい人間関係でしょうか。
乱雑に使う人も大切なお客さまであることには変わりないと思いつつ、乱雑に使わないお客さまをこそ、同等かそれ以上に大切に思っているのではないでしょうか。
であれば、次に使うお客さまにも敬意を払う言葉を使わなければなりません。
そしてそれは、「ご利用になれない」です。
書き直すと、下記のようになります。
一部のお客さまによるトイレのご使用が乱雑になり、次のお客さまが気持ちよくご利用になれない状況が発生している状態でございます。
いかがでしょうか。
それでは、また。