日本語で考えるために日本語を知る『日本語が世界を平和にするこれだけの理由』②

この本の著者は金谷武洋。カナダで25年日本語を教え続けた先生です。

先週は、日本語に主語はいらないという主張をご紹介しました。

思考は言語に影響される

さて、サピア=ウォーフ仮説なるものをご存知でしょうか。

 

母語によって、その話者の思考や概念のあり方が影響を受けるという仮説のことです。

 

人は、母語によってものごとを考え、母語によって世界を把握します。だから、母国外で子どもを産み、自分たちの母語ではない外国語で子育てをしてしまうと、しっかり考えたり感じ取ったりする力が養われないと聞いたこともあります。

 

日本に生まれ落ち、日本語を母語とするなら、日本語をしっかり理解して使いこなすことが、論理的に考えることや事実をありのまま把握することにつながります。

著者にとって母語である日本語は、「単なる道具ではなく、生きていく精神的な支え(P.6)」であるといい、「単になつかしいということではなく、日本語で考え、話すことで、自分の心の働き方がはっきり変わる(同)」といいます。

外国語を翻訳したような日本語しか話せない日本人になってはいけない、日本語は日本文化と切り離せない、というメッセージを、私はこの本から受け取った気がします。

 

それは、日本語が外国語に比べて優秀であるとか、外国のことなど知らなくていいということでは全くなく、それどころか外国のことを知り、日本のことを知ることを勧めています。

 

著者が日本語の特長を切々と説くのも、自身が外国で日本語を教え続けた経験が影響していることでしょう。

日本語で考えることと、英語で考えること

著者は、英語で考えると、例えば以下のような話し方になるといいます。ちょっと面白かったので引用しますね。


「ジュリー聞いてくれ。君も知ってるだろう。僕は車を必要としているんだよ。君に何度言っても言い足りないぐらいだ。真実なんだ。僕の言うことを、ジュリー、君は信じてくれるよね。昨日見たあのトヨタ・カムリ、あれは最高だ!あぁ、私の神様。問題はこの僕がお金を持っていないことなんだ。ジュリー、僕は何て不幸なんだろう。僕を憐れんでくれ。ジュリー、僕の愛するジュリー、神様に誓って絶対返すから、お願いだ。5000ドル貸してくれないか」(p.187)


たしかに、英語を直訳するとこんな感じになりそうです。

一方で、日本に留学した学生から、以下のような話をよく聞くといいます。


日本のお母さんは学生と同じ目線で「大丈夫?何か困っていない?」と言うのです。問題を打ち明けると「そう。困ったわね。じゃこうしない?」と「まるでこちらの心の中にすーっと入ってきたように」考えてくれると言います。「そういう見方、助けられ方を私は日本に来て、初めて知りました」と、日本へ留学した学生たちは感動して語るのです。
 これこそ、日本語に裏打ちされた思想、「日本語力」でなくて何でしょう。(p.202太字著者)


これも、「共に味わう」ことから始まる日本語ならではないでしょうか。

「共に味わう」ことと「同調」

 先週も、日本語を「共に味わう」言語と書きました。

これについて、中には、それが同調圧力につながっているのではないかと感じる人もいるかもしれません。

 

しかし、一方で日本語はプライベートな領域に非常に敏感な言語であり、内面に他者が立ち入るのを許しません。(家族を亡くし泣いている人に向かってであってさえ、「あなたは悲しい」とは言いません)

 

日本語から見えてくる日本人は、このように他者を介入させない自己を持つからこそ、他者をよく観察し、文脈を共有するのかもしれません。

 

ならばそれはつまり、それが親であれ、日本語教師であれ、日本社会で生活するために日本語を教えるということは、文脈の共有の仕方を教えるということでもあります。そして日本語を教えることによってコミュニケーションルールを整えることができるなら、それは、いろんな文化背景を持つ人々を受け入れられるということにもつながるのではないでしょうか。あたかもルールをそろえることによって一つのスポーツが世界中で行われ、多くの競技をオリンピックという一つの舞台で繰り広げることができるように。

 

次週はこの著者が述べる「他動詞のSVO構文を基本とする言語の根本的な問題(P.224)」などをご紹介します。

それでは、また。