世にも賢い猫が、なんとタイプライターを駆使して原稿を仕上げ、人間の家の乗っ取り方を指南する『猫語の教科書』。
猫好きにはたまらない本でしょうけれど、それだけでなく、実際に読んでみると驚くことに敬語のエッセンスが散りばめられていました。
なるほど猫があれほどに人間を魅了してやまないのは、見た目の可愛さに甘んじることなく、ここぞというときの敬意を十分に踏まえているからなのですね。
敬語は人を支配するためのものではありませんが、人間をいとも簡単に支配してしまう猫から学ぶ敬語のエッセンス、7回目です。
敬語は婉曲表現である
その人が「ぶった」のに、「ぶたれた」と言う。これでは主客が逆転していますね。
また、その人が「した」のに、まるで自然現象のように「~になった」と言う。
このように主体を立てる敬語は、婉曲表現です。
婉曲になればなるほど、意味は伝わりづらくなりますが、だからこそ、こちら側の意図を受け取ってくれたときには、相手は”強制された”のではなく”自発的に”それを行うことができます。もしその「こちら側の意図」があまりにも的外れなものであるなら、その意図に気付きすらしないかもしれませんし、嫌なら分からないふりをしていればいい。つまり、選択を相手に委ね、主体性を尊重しているのです。
人間が、猫に食べ物を分けてくれるようになる婉曲表現方法
「食事中は猫に食べ物をやらない」というルールがあるのに、食べ物をもらう方法を、この本の第6章「食卓でのおすそわけ(p.89~97」から学びましょう。
まずは黙って従うふりをなさい。
人間が安心したら、次の行動に出ます。
食卓に近づき、その下にもぐって。彼の足首に柔らかく頭をこすりつけます。
敵意はないということを示す一番の方法は、好意を示すことです。
ここから、少しずつ行動を起こしていきます。
彼の椅子のわきに座り、彼を見上げます。でもまだ何かしちゃだめ。あなたはなんにもほしがってないし、規則を破ってもいない……あなたはただただ、彼と仲良くしたいだけ。
彼はおいしいものを食べています。猫は足元にいるだけです。
でも、タイミングはやってきます。
いい?彼があなたを見下ろして目を細めたときに、ここぞと、あの、声を出さないニャーオをするんです。
これでもう食べ物をもらえることもあれば、もらえないこともあるでしょう。もらえないからといって、うなり声をあげて不満を表明しては台なしです。日を改めて、ごちそうが出てくる日をねらってまた機会を待ちます。そしてチャンスが来たなら、また前回と同じ手順を繰り返したあと、もうひと押しします。
彼のひざかひじを前足でトントンとたたきます。
このとき、ぜったいに爪を立てないよう、猫は注意を促しています。相手を傷つけてしまったら、関係性は対立へとすぐ移行しますから。
それでもダメなら、最後の手段があります。
彼に見えるよう足もとに静かに座って、彼がお皿から口へフォークを動かすたびに。目と頭でそれを追うこと。目だけを動かすのではなくて、頭を、リズムをつけて行ったり来たりさせるの。これならすぐ、気づいてもらえるでしょうから。
可愛い猫にこんなおねだりをされて抗える人間はそうそういません。そして、ようやく人間がおしいものをくれたとき、頭のいい猫ならここがゴールとは考えません。この先もこの良好な関係を長続きさせることを考えます。
彼の手からそっと静かにごちそうをもらい、すぐにテーブルの下にもぐる。(中略)音をたてたりせず、静かにいただく。こうすれば彼がたとえ一瞬の弱気を後悔していたとしても、相手があなたなら、秘密は守られ、家族に対してめんぼくを失うという事態におちいらなくてすむ、とわかるはず。彼はあなたの協力に感謝し、あなたにいっそう好意をもつでしょう。
いかがですか。遠い遠い婉曲表現から、石橋を叩いて渡るようにほんの少しづつ近づけていく。相手を見て思わしくないようなら無理をしない。これは、対立を避け、相手を傷つけないようにするための工夫でもあり、同時に自分が傷つかないようにするための工夫でもあります。
対立を恐れず声高に主張することがほめそやされるような風潮もありますが、対立は勝っても負けてもどちらかが傷つきます。それなら、対立を避ける工夫がもう少し用いられてもいいのではないでしょうか。
さて、『猫語の教科書』を取り上げてなんと7回目まで来てしまいました。
来週でそろそろ終わりとしましょう。
それでは、また。